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東京地方裁判所 昭和53年(ワ)5307号 判決

原告 高橋宏幸 ほか一名

被告 国 ほか一名

代理人 石井宏治 福田智一

主文

一  被告らは、原告らそれぞれに対し、各自金七一九万五七九一円並びに内金六六九万五七九一円に対する昭和五三年六月一三日から、内金五〇万円に対する本判決確定の日から各完済まで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告らのその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを四分し、その三を原告らの負担とし、その余を被告らの負担とする。

四  この判決は、第一項の内金六六九万五七九一円の支払を命ずる部分に限り、仮に執行することができる。ただし、被告らが原告らそれぞれに対して各自金二〇〇万円の担保を供するときは、その原告の仮執行を免れることができる。

事  実〈省略〉

理由

一  本件事故の発生

原告らの長男訴外大輔(当時満五歳)が昭和五〇年六月四日午後五時一〇分ころ、東京都江東区佐賀一丁目一番一号付近隅田川永代橋上流のハシケ置き場付近で、隅田川の護岸(防潮堤)の内側(管理用通路側)に設置された木製ハシゴを昇つて護岸天端に至り、護岸の外側(河川側)に設置されていた鉄製ハシゴを降りて水際のコンクリート(フーチング)の上で遊んでいたところ、隅田川へ転落して死亡したことは、当事者間に争いがない。

そして、<証拠略>を総合すると、訴外大輔はクラゲを棒で突つついて遊んでいたところ、ミカンが流れてきたので、それを取ろうとして転落したことが認められる。

二  本件事故現場付近の状況

<証拠略>を総合すると、次の事実を認めることができる。

1  本件事故現場は東京都江東区を流れる隅田川の左岸に設置されたハシケの係留場であり、永代橋の上流(北方)約一〇〇メートルの辺りから油堀川水門付近(高速道路付近)にかけて、直径五〇・八センチメートル、厚さ九・五ミリメートル、長さ三〇メートルの係留杭(鋼管杭)がコンクリート製護岸の基礎側面から一・二メートル離れた地点に延長一三〇メートルにわたつて一〇メートル又は一四メートル間隔で合計一二本打設されている。そして、訴外大輔が転落したのは、右係留杭のうちの永代橋寄りの二本目の付近である。

2  護岸は逆T字型で、その内側の管理用通路から護岸天端までの高さは一・八七メートル、護岸天端の幅は〇・六〇メートルである。護岸の外側は護岸天端から垂直に近い急勾配でフーチングに達しており、護岸天端からフーチングの上端及び下端までの距離は、それぞれ四・一〇メートル及び四・九〇メートルである。フーチングは緩斜面(水平面に対し角度二二度の勾配)で隅田川の中心方向に二メートル突き出ており、干潮時には水面上に現われているが、満潮時には水面下に没するため、特にその下部は水ゴケが密生して滑りやすくなつている。また、本件事故現場付近の隅田川は水量が多く、水面には時々クラゲが浮遊していた。

3  本件事故当時、本件事故現場付近の護岸の内側には管理用通路から護岸天端に木製ハシゴが立てかけられ、その外側には護岸天端からフーチングの中央部分にかけて鉄製ハシゴが護岸外側の勾配とほぼ同勾配で架設され、そこから係留杭に係留されたハシケの上に幅四〇センチメートル位の歩み板が渡されていた(本件事故現場付近の護岸の内外に木製ハシゴと鉄製ハシゴが設置されていたことは当事者間に争いがない。)。

4  護岸東側の(河川)管理用通路は平坦な空地であり、構造的には、護岸が前記のとおり垂直形式のものであるので、護岸が倒壊しないようにその一部を成しており、機能的には、護岸の補強工事をする場合や水防活動をする場合等の車輛や器材の搬入路であり、平常的には隅田川の管理・監視業務をする場合の連絡通路である。この管理用通路から一・八七メートルの高さの護岸天端に昇るには、前記木製ハシゴを昇るか、前記永代橋付近及び前記油堀川水門付近(高速道路付近)の隅田川の護岸に河川水面と陸地面との出入のために築造された二つの公共用階段を利用する以外に方法がなかつた。ところが、公共用階段はいずれもその入口に鉄製扉(防護柵)が設置され、その鉄製扉には東京都建設局によつて「『カギ』を必ずかけて下さい。この階段の扉が開いてますと子供が入つて川に落ちる危険があります。」という看板が取り付けられていた上に、東京都第五建設事務所管理課河川管理係によつて「この階段は当分の間閉鎖します」という告示がされてカギがかけられ、出入りができないようになつていたので、木製ハシゴが管理用通路から護岸天端に昇る唯一の手段であつた。

5  管理用通路と隅田川左岸に沿つて走つている区道との間には、会社事務所・倉庫・商店・マンシヨン等の建物が建ち並んでいる。これらの建物の敷地は管理用通路より少し低くなつているが、両者の土地は四角のコンクリート製パネルの敷きつめられた緩斜面で接続していて、相互の行き来がしやすくなつている。また、右建物の間の路地は、ほとんどの場所が柵等が設置されておらず、誰でも自由に通行できる状況になつている。

6  区道の東側も会社事務所・商店・マンシヨン等が建ち並び、この中の一角に所在する「東海永代ハイツ」に訴外大輔が当時原告らと居住していた。区道は幅が一〇メートル位で、大型自動車も通るが、通行量は昼間帯で一分間に三〇ないし四〇台程度でそれほど多くはなく、右居住地付近の区道には信号機は設置されていなかつた。

7  原告らの右居住地の周辺にはいくつか公園が存在するが、最も近い区立佐賀町公園でも、右居住地からの距離を比較すると、本件事故現場付近よりも二倍以上遠くに存在している。

以上の事実を認めることができ、これに反する証拠はない。

三  木製ハシゴ及び鉄製ハシゴが設置された経緯

<証拠略>を考え併せると、次の事実を認めることができる。

1  訴外東京都知事は、昭和四三年四月二二日、訴外首都高速道路公団に対し、首都高速道路六号線建設のため、隅田川の支流である箱崎川について公有水面の埋立免許を与えたが、この埋立てによつて同河川に係留されていたハシケの係留場所がなくなつてしまうことから、ハシケ業者等を構成員とする訴外港運協会は、同年九月九日、訴外東京都知事に対し、これらのハシケを係留するために隅田川の一部に代替係留場の新築を許可してくれるように要請した。

2  訴外東京都知事は、右要請を已むを得ないものと判断して、昭和四三年一一月九日、訴外港運協会に対し、河川法二四条及び二六条の規定に基づき、隅田川左岸(第五建設事務所管内)の四か所(江東区新大橋一丁目地先に二か所、それに本件事故現場の同区佐賀町一丁目地先と同区越中島町地先の各一か所)について河川区域内における土地の占用(合計占用面積九二二四平方メートル)及び工作物の新築(係船杭合計四六本)を許可した。

3  訴外東京都知事は、右許可に際し、隅田川筋については桟橋の設置を認めない方針をとつていたが、右越中島町地先の係留場については、隅田川の河口でもあり、また、その近辺にいかだの係留場が設置されていたこともあつて、ハシケ業者の陸地への出入りやいかだの作業等のために桟橋設置の必要性が認められたので、越中島町地先に限つては、右係留杭の外に木製(杉板)の昇降用桟橋(幅一・〇メートル、延長一一・五メートル)を二か所設置することも許可した。

4  かくして、訴外港運協会は、右許可に基づき、本件事故現場については前記二の1のとおり一二本の係留杭を打設し、占用を許可された三九〇〇平方メートルの土地(幅三〇メートル、延長一三〇メートル)をハシケ係留場として使用することになつた。この当初の許可における隅田川河川区域内の土地の占用期間は昭和四四年三月三一日までであつたが、同年四月一日に期間をさらに一年間として継続占用が許可(更新)され、その後も一年毎に更新されて、本件事故当時も本件事故現場はハシケ係留場としてその使用が認められていた。

5  訴外港運協会は、本件事故現場をハシケ係留場として使用するに当たり、具体的にはその構成員のうちの三店社(訴外千代田曳船株式会社、同江東海運株式会社及び同毛塚運輸株式会社)にその使用を認め、右三店社がこれを三分割して使用していたが、これらのハシケ業者は、作業の能率化や乗組員の便宜等を図るために、訴外東京都知事の設置許可を得ることなく、護岸の内外に木製ハシゴと鉄製ハシゴを共同で設置して、河川水面から陸地面への出入ができるようにした。

(証人梶本洋一及び同山口栄一は、前記越中島町地先の係留場は昭和四六年四月一日の更新の際に返還されて継続占用が許可されなかつたのに、同所に設置された昇降用桟橋についてはその後も継続占用が許可されていたから、この昇降用桟橋の許可が鉄製ハシゴの設置許可に当たる旨供述するが、昇降用桟橋と鉄製ハシゴとはその構造・形態を異にしていること及び証人山口栄一が鉄製ハシゴは昭和四五年当時にはすでに存在していたと供述していること等に鑑みると、書類上存在していた昇降用桟橋の継続占用の許可が鉄製ハシゴの設置の許可に当たると解することはできないから、これに反する右両証人の供述部分はたやすく措信し難い。)

6  訴外東京都知事は、前記昭和四三年の新規許可において河川水面と陸地面との出入りのために昇降用桟橋の設置を認めた前記越中島町地先の係留場が昭和四六年四月一日の許可更新時に返還されるという経緯があつたので、前記ハシケ業者による鉄製ハシゴの設置については右桟橋に代わる已むを得ない工作物としてこれを黙認し、また、木製ハシゴについてはハシケ業者がその取外しを励行するのであれば管理用通路の一般自由使用の範囲に入るとしてこれもその設置を黙認していた。

以上の事実を認めることができ、これを覆すに足りる証拠はない。

四  本件事故現場付近の利用状況

<証拠略>に前記二、三において認定した事実を総合すると、次の事実を認めることができる。

1  本件事故現場のハシケ係留場は、前記ハシケ業者がハシケの他に曳船や機帆船等の係船場としてこれを利用し、これらの船の乗組員が上下船するために朝夕のほぼ決まつた時間帯に平均五、六回程度木製ハシゴと鉄製ハシゴを利用していた。

2  この木製ハシゴは、前記のとおりハシケ業者がその取外しを励行するという前提でその設置が黙認されていたが、実際にはあまり取外しは励行されず、護岸に立てかけられたままになつていることが多く、時には、ワイヤーで鉄製ハシゴに連結されて固定されていることさえあつた。

3  右木製ハシゴが設置された管理用通路は、前記のとおり隅田川の管理・監視業務や水防活動・護岸の補強工事等をするための通路であつて、本来子供の遊び場所ではないので、勿論遊具は設置されていなかつた。

4  しかしながら、管理用通路は、前記のとおりその東側に建ち並んでいる建物の裏手に当たり、その建物と建物との間の路地が自由に通行できる状況になつていたので、洗濯物干場やゴミ焼却場所として、あるいは物置代わりとして雑然と利用される一方、大人がキヤツチボールをしたり、子供(幼稚園児や小学校低学年児童、以下同じ。)が走り回つたりして遊ぶ格好の場所ともなつていた。

5  その結果、管理用通路で遊んでいた子供達が護岸に立てかけられたままになつていた木製ハシゴを昇つて護岸天端に至り、そこを走り回つたり、さらには鉄製ハシゴを降りて水際でクラゲを取つて遊んだりすることがあつた。

以上の事実を認めることができ、<証拠略>中右認定に反する部分は措信できないし、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

五  本件事故現場における転落の危険性

以上の事実によれば、次のようにいうことができる。

1  本件事故現場は管理用通路から一・八七メートルの高さの護岸によつて陸地部分と遮断され、子供達が容易に近づくことができないようになつていたが、ハシケ業者によつて木製ハシゴと鉄製ハシゴが設置されてからは、これらを通じて陸地面から河川水面への出入りがたやすくできるようになつた(護岸によつて陸地面から河川水面への出入りが不可能となつていたが、木製ハシゴと鉄製ハシゴが設置されてからは、これらを通じて陸地面から河川水面への出入りができるようになつたことは、当事者間に争いがない。)。

2  管理用通路は子供達の遊び場所としてではなく、隅田川の管理目的から開設されたものであるが、本件事故現場付近の子供達にとつては、公園よりも近く、護岸と建物に囲まれた平坦な空地のために、むしろ既製の公園とは異なつて自由な遊びができる格好の場所となつていた(管理用通路が護岸と建物によつてはさまれていることは当事者間に争いがない。)。

3  このような場所に木製ハシゴが立てかけられてあれば、冒険心と好寄心に富む子供達が護岸の外側に対する興味にかられてこれを昇つて護岸天端に至ることは極自然なことであり、また、その上に鉄製ハシゴが架設されていて歩み板やフーチング、さらには係留されたハシケの上に降り立つことができるようになつていれば、クラゲを取つたり、水遊びをするために、これを降りていくことも右同様極自然なことであつて、これらは子供の行動として決して予想しえない突飛なものではない。

4  そして、万一足を滑らせて歩み板やフーチングから転落した場合には、水量が多いことやフーチングが緩斜面で滑りやすくなつていること等のため、子供が自力ではい上ることは困難であつた。

5  したがつて、護岸に木製ハシゴ及び鉄製ハシゴが設置されたことによつて、それまで格別の危険を有していなかつた護岸に、子供が隅田川に転落して死亡するという危険が発生した。

六  被告らの責任

1  被告国が河川法九条一項の一級河川の管理責任者であり、訴外東京都知事が同条二項の規定により河川の区間外の区間を指定区間として指定する昭和四六年三月二〇日建設省告示第三九六号によつてその管理の委任を受けている者であつて、被告東京都は同法六〇条二項の規定によつて右訴外人の統轄する地方公共団体として右指定区間内の一級河川の管理に要する費用を負担する者であること及び隅田川が一級河川であつて、本件事故現場が右指定区間内であることは、いずれも当事者間に争いがない。

2  原告らは、まず、木製ハシゴ及び鉄製ハシゴ自体が公の営造物に当たり、これらの設置・管理者である被告らにその設置・管理について瑕疵があつた旨主張するが、前記のとおり木製ハシゴ及び鉄製ハシゴは前記ハシケ業者がその船の乗組員の陸地への出入りのために設置して利用していたものであつて、これら自体は公の営造物には該当せず、しかも被告らの設置・管理に係るものではないから、右主張はその余の点について判断するまでもなく失当というべきである。

3  次に、原告らは、公の営造物である隅田川の護岸の管理に瑕疵があつた旨主張するので、この点について検討するに、まず、隅田川の護岸が公の営造物であることは当事者間に争いがない。

そして、前記三において認定した事実によれば、木製ハシゴ及び鉄製ハシゴは前記ハシケ業者が訴外東京都知事の許可を得ないで設置したものであるが、これらの設置によつて前記五においてみたように子供が隅田川に転落して死亡するという危険が護岸に発生したのであるから、その管理者である訴外東京都知事としては、これらを撤去させるか、あるいはこれらの設置を黙認するのであれば、右危険が現実化するのを防止するための管理上の措置を講ずべき義務があるというべきである。ところが、訴外東京都知事は、前記三の6のとおり、これらを撤去させることなく、その設置を黙認していたから、その場合に管理責任者として要求される管理上の危険防止措置を訴外東京都知事が具体的に講じていたかどうかが問題となる。そこで、以下この点を検討してみる。

<証拠略>を総合すると、次の事実を認めることができる。

(一)  本件事故現場付近において危険を表示するものとして存在していたのは、警視庁深川警察署によつて管理用通路の要所要所(木製ハシゴや公共用階段の近く等)に設置された立札のみであつたが、この立札には、ひらがなで「あぶない!ここであそぶのはやめましよう」と書かれ、子供の注意を引くようにカツパの絵が描かれていた。そして、右警察署の警ら課勤務の警察官が月に最低五、六回は管理用通路をパトロールしていたが、これは、通常の防犯目的のものであつて、河川管理を目的としたものではなかつた。

(二)  本件事故現場付近の隅田川の管理は、前記第五建設事務所の管理課がこれを具体的に担当していた。同課には管理係と監察係があり、河川の巡視業務は監察係で行つていたが、管内には隅田川の外に四つの河川と一つの海岸が存在し、しかも千葉県境の方に非常に危険な箇所が多く存在していたので、右巡視はむしろこちらの方に重点が置かれていて、隅田川への巡視はあまり行われていなかつた。他方、管理係は前記占用許可業務を行つていたので、一年毎の更新の際に訴外港運協会の担当者に対して木製ハシゴの取外しを励行するように指導・注意する一方、係長自ら本件事故現場付近を年二、三回巡視し、木製ハシゴが立てかけられたままになつているのを発見したときには、その都度、これを取り外し、訴外港運協会に取外しの励行を申し入れていた。

(三)  しかしながら、本件事故現場付近の住民から、木製ハシゴが危険だから撤去して欲しいとか、その他の危険防止措置をとつて欲しいという要望が出されることもなかつたので、右巡視により木製ハシゴの取外しが十分に励行されていないことを知りながらも、特別に巡視回数を増やしたり、指導・監督上の措置を再検討することもなかつた。

以上の事実を認めることができ、これに反する証拠はない。

右認定事実によると、訴外東京都知事は、一応危険防止に努めていたということはできる。

しかしながら、訴外東京都知事は、ハシケ業者の陸地への出入りの必要上已むを得ないものとして木製ハシゴ及び鉄製ハシゴの設置を黙認する以上は(前記二の4のとおり本件事故現場付近の護岸には河川水面と陸地面との出入りのために公共用階段が築造されていたから、鉄製ハシゴはともかく、木製ハシゴはその設置が已むを得ないものとは考えられず、これは本来撤去させるべきであつた。)、これらの設置によつて生じた前記危険を防止するために、例えば、公共用階段に存在するような防護柵を設置して木製ハシゴに接近すること若しくは護岸天端に昇ること自体をできないようにし、又はハシケ業者が木製ハシゴを利用するほぼ決まつた時間帯に必ず担当者を巡視させる等して、護岸の安全を確保し得るに足りる万全の措置を講ずべきである。しかるに、訴外東京都知事は、単に木製ハシゴの取外しの励行を指導・注意するだけで、その管理を訴外港運協会又はハシケ業者任せにしていた上に、数少ない巡視によつて右指導・注意だけでは木製ハシゴの取外しが励行されずに護岸の安全管理の実効を期し難いことに気付きながら、何ら特別な措置を講じないで放置していたことは前記認定のとおりであるから、訴外東京都知事の講じた措置は、はなはだ不十分なものであつたというほかなく、結局、訴外東京都知事の隅田川の護岸の管理には瑕疵があつたものというべきである。

4  そうすると、右に前記五を考え併せることにより、本件事故は隅田川の護岸の管理に瑕疵があつたことによつて生じたものということができる。

被告らは、本件事故は訴外大輔の異常な自招行為によつて生じたものであり、仮に隅田川の護岸の管理に瑕疵があつたとしても、それと本件事故との間には相当因果関係がない旨を主張するが、訴外大輔の行為(前記一)は、本件事故現場付近の利用状況(前記二)や本件事故現場付近の利用状況(前記四)、それに子供の性癖等に鑑みると、前記五のとおり極自然な行為であつて、決して異常ではなく、また、自招行為として片付けられる性質のものではないから、被告らの右主張は失当である。

5  よつて、被告国は国家賠償法二条一項により、被告東京都は同法三条一項により、それぞれ本件事故によつて訴外大輔及び原告らに生じた損害を賠償すべき責任がある。

七  損害

1  (逸失利益)

(一)  訴外大輔が本件事故当時満五歳の男児であつたことは前記一のとおり当事者間に争いがないから、訴外大輔は満一八歳から満六七歳までの四九年間就労して収入を得ることができたものと認められるところ、本件事故によつて死亡したため、その機会を失つてその間に得べかりし利益を喪失した。ところで、昭和五三年度賃金センサス第一巻第一表によると、同年における企業規模計・産業計の男子労働者の学歴計・年齢計のきまつて支給する現金給与月額は金一九万五二〇〇円、年間償与その他特別給与額は金六六万二三〇〇円であるから、その年間総収入は金三〇〇万四七〇〇万円となる。そこで、右金額から相当と認められる生活費五割を控除した年間純収入金一五〇万二三五〇円を基礎として、ホフマン式計算法により年五分の中間利息を控除して訴外大輔の前記就労可能期間中の総純収入の現価を算出すると、その額は金二七〇七万八九五七円〔150万2350円×(27.8456-9.8212)≒2707万8957円〕となる。

(二)  そして、原告らが訴外大輔の両親であることは前記一のとおり当事者間に争いがなく、<証拠略>によれば、原告らが訴外大輔を相続したことが認められるから、原告らは、各自右金額の二分の一に当たる金一三五三万九四七八円ずつを相続により取得したことになる。

2  (慰藉料)

原告らが本件事故によつて多大な精神的苦痛を受けたことは認めるに難くなく、<証拠略>によると、原告高橋雪子こと呉雪子は結婚前に手術をして子供ができにくい体になつていたが、幸いにも結婚二年後に長男訴外大輔が生まれ、さらにその四年後に長女訴外亜弥が生まれて、原告らは本件事故当時この二人の子供に囲まれて幸せな毎日を暮していたこと、ところが、本件事故によつて突然愛児を奪われ、その悲しみは言葉には表わせないほどであること及び原告らは本件事故後男子を欲しいと思つているが、その希望はかなえられていないことが認められるので、これに本件事故の態様その他前記認定の諸事情を勘案するならば、その慰藉料はそれぞれ金三〇〇万円と認めるのが相当である。

3  (葬儀費用)

<証拠略>によれば、原告らが訴外大輔の葬式を行つたことが認められる。そして、原告高橋宏幸は、葬儀費用として金一〇〇万円かかつたと家族から聞いた旨供述しているが、仮にそのとおりであるとしても、訴外大輔の年齢等を考慮すれば、本件事故と相当因果関係のある損害と評価できる葬儀費用は金四〇万円と認めるのが相当であるから、原告らの負担はそれぞれ金二〇万円ずつである。

4  以上を合計すると、原告らの損害はそれぞれ金一六七三万九四七八円である。

5  (過失相殺)

(一)  訴外大輔が本件事故当時満五歳であつたことは当事者間に争いがなく(なお、<証拠略>によると、すでに満五歳一一か月に達していたことが認められる。)、<証拠略>によれば、訴外大輔は同年齢の平均的知能を備え、すでに事理弁識能力を有していたと認められる。そこで、右事実に、本件事故現場付近の状況(特に、護岸の高さ、鉄製ハシゴの勾配)や管理用通路に設置されていた危険表示の立札並びに<証拠略>によつて、訴外大輔と本件事故現場付近に遊びに行つていた同年齢の訴外中橋健は、護岸天端までは昇つたが、こわかつたので鉄製ハシゴは降りていかなかつたと認められること等を考え併せると、鉄製ハシゴを降りていつた訴外大輔にも過失があつたというべきである。

(二)  また、<証拠略>によると、本件事故当時、原告らは、前記居住地へ引越して来て間もないころであつたので、訴外大輔に対して一通りの注意はしていたが、周辺の地理・状況を調査して危険箇所へ行くことを禁じたり、訴外大輔の行動範囲や遊び場所について監視するといつた注意をしていなかつたことが認められるから、原告らにも訴外大輔の保護者として要求される義務を怠つた過失があつたというべきである。

(三)  以上の訴外大輔自身の過失と原告らの過失を総合して斟酌すると、原告ら側の過失割合は六割とするのが相当である。したがつて、原告らの損害はそれぞれ金六六九万五七九一円となる。

6  (弁護士費用)

原告らが本訴の提起と訴訟の遂行を原告ら代理人に委任したことは当裁判所に顕著であり、本件事案の内容・請求認容額及び訴訟の経過等諸般の事情を斟酌すると、本件事故と相当因果関係のある損害と評価できる弁護士費用は、原告らそれぞれに金五〇万円と認めるのが相当である。

その支払時期につき本判決確定の日と約定されていることが弁論の全趣旨から認められる。

八  結論

以上の次第で、被告らは、原告らそれぞれに対し、各自損害金として金七一九万五七九一円並びに内金六六九万五七九一円に対する本件事故発生の日より後の日である昭和五三年六月一三日から、内金五〇万円に対する本判決確定の日から各完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払うべき義務がある。

よつて、原告らの本訴請求は右認定の限度において理由があるからこれを認容し、その余は失当として棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条本文及び九三条一項本文を、仮執行の宣言及び仮執行免脱の宣言につき同法一九六条を、それぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 伊藤博 宮崎公男 原優)

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